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Eメール:DOTMOTHER

HOMEDOTMOTHERのぐ~たらな日々>日々是好日

日々是好日

小さい方がDOTMOTHER

私は英語が苦手だ。
そんな私がアメリカに永住することになって、もう16年になる。
アメリカに1、2年いると英語がぺらぺらになると思っている人がまだいるようだが、世の中そんなに甘くない。
どこに住もうが、勉強しないヤツはできるようにならないのである。
何年暮らそうと、英語はできるようにならないが、日本語は確実に忘れていく。
つまり、言語障害状態に陥るのである。
それでも、毎日平和に暮らしている日々の様子をここに記録しておこう。

『住めば都』

1.カリフォルニアの青い空

カリフォルニアと言えば青い空である。
ディズニーランド、ハリウッド、ロデオドライブ、サンタモニカ・・・色々ご意見はあるだろうが、私がカリフォルニアへやって来た理由の一つは、『目指せ、青い空!』であった。
ところが、現実は違うのだ!

私が初めてカリフォルニアの地に降り立ったのは、あれは・・・あれ?何年だっけ?
1982年6月のことであった・・・と思う。
・・・忘れてしまった。

話は逸れるが、アメリカ人はよく「あれは1982年のことだった。」という話し方をする。
彼らは、物事を年代で把握しているのである。
頭の中に年表が入っているのだ。
私にはとても出来ない芸当である。
私は「あれは、私が何歳の頃のことだった。」という風に記憶している。
非常に主観的な把握の仕方だ。
日本にいた頃は、それで特に不自由はしなかった。
習慣の違いだろうか?
それとも、私の頭が弱いだけだろうか?
とにかく、年齢に誕生した年を足してから話すので、タイミングがズレてしまう。
私は1958年生まれなのだが、1960年か1970年というきりの良い年に生まれたかった。
1000年生まれか2000年生まれだと、もっと楽だっただろう。
(暗算苦手)

『カリフォルニアの空』に話を戻そう。
LAX(空港)から一歩外に出ると、そこにはどんよりとした空が広がっていた。
頭の中は深夜だが、もちろん日はとっくに昇っている。
しかし、無いのだ!
『青い空』が何処にも無いのだ!
なんだか、騙された気分だった。

とは言え、初日である。
考えたこともなかったが、カリフォルニアとて曇りの日はあるのだろう。
きっと雨が降ることもあるに違いない。
一人で、そう納得したのであった。
ところが、その後毎日毎日、目を覚ますと、そこにはどんよりとした空が広がっているのであった。

これが南カリフォルニアというものである。
もちろん、青い空はある。
想像通りの『青い空』は、ほとんど1年中見ることができる。
しかし、それはお昼近くになって登場するのだ。
午前中は曇っていることが多い。
『青い空』目指してカリフォルニアへやって来る人達は、お昼近くに到着する飛行機をお勧めする。
(余談だが、ラスベガスへ行く人は、日が落ちてから到着することをお勧めする。)

どんより曇った空の下では、気温もさほど高くならない。
どんよりと言っても、雨が降りそうな天気ではないので、空気は乾燥している。
実に過ごしやすい気候だ。

さて、今は6月である。
6月と言えば、梅雨である・・・と、これは日本の話。
アメリカでは6月21日に、オフィシャルに夏が始まった。
もちろん、南カリフォルニアの夏はとっくに始まっている。

ここ1週間ほど、朝起きると実にすがすがしい青い空が広がっている。
これまで書いてきたことと矛盾するのだが、そういうこともある。
しかし、私が「これぞカリフォルニア!」と朝っぱら喜んでいると思ったら大間違いだ。
朝起きて青空が見えたら、その日は確実に暑くなる。
『肌を指すような日の光』というのは本当にあるのだ。
南カリフォルニアで10年以上暮らしていると、さすがにうんざりしてしまう。
贅沢な「うんざり」であるが、「うんざり」は「うんざり」だ。

さて、LAへ着いてから目的地へ行くにはフリーウェイを車で走ることになる。
主な交通手段は車だし、LAは広い。
フリーウェイを使わなくてはどこにもいけない。
それが平日ならば、フリーウェイの乗ってダウンタウン方面を眺めれば、ダウンタウン高層ビル街を中心に、薄汚れた霞が広がっている。
LA名物スモッグである。
我が家はLA郊外にあるので、スモッグ霞の全体を見ることができる。
これは一見の価値がある。
日本の都会も同じようなものかもしれないが、日本の平野は狭いので全体を見渡すことはできないのではないだろうか?
黄土色の霞が広がっている状態というのは、かなり不気味だ。
それに向かって車を走らせていると、酸素マスクをつけたくなる。
人間が暮らす場所とは思えないほど汚染されているのだ。
それがLAである。

次はサンタモニカの爽やかな海について。
カリフォルニアへ来て、すぐに行ったのがサンタモニカの海である。
「やっぱ、サンタモニカで泳がなくっちゃね!」とろくに泳げもしない私はそう思った。
6月だったので、ビーチは人で溢れていた。
が、海に入っている人は、それほどいない。
サーファーももちろんいない。
(サーファーはサーファー用の海で一年中遊んでいる。
ここは普通の人用、ここはサーファー用などという決まりはないが、同じ海で遊んだら危ないじゃないか!)

さて、私は早速サンタモニカの海へと足を踏み入れた。
前身、海水に浸かること約3分。
突然息苦しくなって、慌てて海から上がった。
体が真っ赤に腫れあがっている。
息をはーはー言いながら海岸に横になる。
気が遠くなりそうだ。
動ける状態ではない。
何が起こったのか全くわからなかった。
しばらくの間、やたらハーハーしていたら、だんだん落ち着いてきた。
一体あれはなんだったんだ?と思いつつ、一旦アパートに引き上げてシャワーを浴びてから、念のために医者に見てもらった。

原因は、汚染された海の水に私の繊細なお肌(?)が拒否反応を起こし、皮膚呼吸ができなくなったためであった。
(人間って皮膚呼吸してるんだっけ?)
「あと1、2分海の中にいたら、気を失って溺れていたでしょうね。」と医者はいとも軽々と言った。
あの美しい海は、かなり汚染されているのである。

じゃ、平気で泳いでいる人達は何なんだ、って?
彼らには免疫というものがある。
今では、私も郊外の海なら入れるようになった。
その内、サンタモニカの海でもベニスビーチの海でも入れるようになるのではないだろうか。

LA名物光化学スモッグ、汚染された海、オゾン層破壊のため肌を直撃する太陽の光・・・
Welcome to LA!
(2001.6.25)

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2.Rolling Blackout

今カリフォルニアは深刻な電力不足に悩まされている。
何故そういうことになったのだろうか?
電気の消費量が急激に増えたからだ、という単純な問題でもなさそうである。

カリフォルニアにいくつ原子力発電所があるのかは知らないが(普通知ってるよな)、私が知っているだけで2つある。
一つはサンディエゴ、もう一つはLAとサンフランシスコの中間くらいの場所だ。
サンディエゴにある発電所は、多分起動している。
しかし、もう一つのは存在するだけでで起動していなかった。
じゃ、何故あるんだ?
やはり原子力発電所は危険なのに違いない、と勘ぐってしまうのも無理は無い。
あんな立派な施設を、広報活動の為だけに作ったとは考えられない。
その発電所内には一般公開している博物館とか、『原子力発電所』ツアーとかがあるのだ。
(8月に見学に行く予定だから、詳細はその後書こうと思っている。)
今、その発電所を起動させるかどうかが問題になっている。

が、それはそれとして・・・Rolling Blackoutである。
Rolling Blackoutという言葉に馴染みのない方に、ちょっとだけ説明。
(詳しく説明したくないのではない。出来ないのだ。)
Rolling Blackoutというのは、日本語にすると『ろーりんぐ・ぶらっくあうと』である。
固有名詞を勝手に訳してはいけない。
『ローリングストーンズ』を『転がる石』と呼ぶ人はいない・・・と思う。
先日、某翻訳サイトでは、『Evergreen』という人の名前を『常緑樹』と訳していた、と友人が教えてくれた。
本人だって『常緑樹さん』とは呼ばれたくないであろう。
真面目に何かを調べている人には気の毒だが、笑えるサイトである。

思いつくままに書いていると、話がどんどん逸れて行く・・・
ブラックアウトとは停電のことだ。
「電力が足りないんですか?
じゃ、止めちゃいましょう。」という発想である。
(これって凄い発想だなぁ。)
「止めちゃいましょう」と決めたのは良いが、何処をどの位止めるのか?
一箇所だけ止めるのは不公平である。
一番電力を使っている地域を止めるのが効率的だが、必要だから使っているのであって、止められる方はたまったものではない。
「じゃ、色んなところを1、2時間ずつ止めちゃいましょう。
それだったら公平ですよね。」
という訳で、停電地域がころころ変わる。
停電地域がカリフォルニア内を駆け巡るのである。
だからRolling Blackoutと言う。
『転がる停電』ではやはり変だと思う。

最初はいつどこが停電になるか前もって発表されなかった。
突然停電になるのだ。
そういうのは、やはり困る。
突然信号が止まってしまう。
信号があっても無視する人が多いLAで信号が止まると、無法状態になるではないか!
突然手術中に停電する。
もちろん、手術を行う病院には自家発電機が備わっているが、多少は混乱する。
焦って心臓麻痺を起こす患者が出たら困るではないか!

前もって発表しなかったのには理由がある。
前もってセキュリティシステムが止まるとわかっていれば、犯罪をたくらむ人が出てくるからである。
LAPD(ロスアンジェルス警察)が一気に停電地域に集まると、それを良いことに他で悪いことをたくらむヤツが出てくる。
そういう所なのだ。

しかし、これはやはり不便である。
という訳で、前もって公表することになった。
どうやって公表するか。
電力会社のウェブサイトで、である。
数時間前にそのサイトで発表する、というのだ。
ほうほう、じゃ1日中コンピュータの前に座っている人以外はチェックできないわけね。
コンピュータを使っていない人のことは全く考慮しないわけね。
絶対多数の絶対幸福、なわけね。
しかし、まあ、突然の停電が生死にかかわる人でコンピュータを使っていない人はいないのであろう。
そういう私も、突然停電になってもそれほど困ることはなさそうである。

ところで、インターネットへアクセス可能なアメリカ人は、去年全体の50%を超えていたはずだ。
どれほどインターネットが普及しようが、興味が無い人は興味が無い。
まだ字が読めない幼児もそれほどアクセスしたいとは思わないだろう。
全体にはそういう人々も含まれている。
つまり、「したくても出来ない」と言う人はほとんどいないと考えて良いのではないだろうか?
インターネットにアクセスできるコンピュータがない小学校や図書館は無い。
自宅にコンピュータがなくても、アクセス可能である。
(余談の余談になるが、愚息の英語の宿題は教師のサイトに載っている。
出来た宿題は、教師に直接Eメールする。
自宅にコンピュータが無い生徒のことは全く考慮されていない。)
だからって、インターネット以外では情報が得られないというのも問題ではないだろうか。
そうでもないのかな?

さて、何かが不足して困った場合、手っ取り早いのは『節約』である。
今、カリフォルニアでは一般人に『電力節約』を呼びかけている。
オイルショック時代の『省エネ』と同じようなものだ。
テレビでも盛んにコマーシャルをやっている。
洗濯機、皿洗い機、掃除機などを使うのは、朝7時前か夜7時以降にしましょう!というヤツだ。
そういうことを言われると、ほとんどのカリフォルニア人は素直に従う。
特に反対する理由がないからである。
特に困るということもない。
私の場合は、洗濯は午前7時には終わっているし、皿洗い機は持っていない。
残るは掃除機だけだが、夜7時以降に使えと言われても、特に困ることはない。
7時ならまだ明るいのだ。

節約を呼びかけると同時に、『ご褒美』まで用意されている。
2000年に比べて、電力消費量が20%減だった家庭には、今年支払った電気代の20%がご褒美としてもらえるらしい。
1年間の電気代の20%と言えば、これは大きい。
しかも、消費量が20%減った分だけ電気代も減っているはずである。
『ご褒美』があるとやはり張り切り方が違うのは私だけではなかろう。
30度を超える超える日々が続く中、エアコン無しで乗り切ろう!と決意したのであった。
が、その決意もいつまで持つか自信が無い。
「今日はいつもに増して暑いから、ちょっとくらいエアコンを使っても・・・」とすぐに目の前の快適さに負けて決意を翻すのもカリフォルニア人の特徴である。
根性がないのだ。

何故電力が不足したのか?という問題に関しては、色々複雑な要因(主に政治的なこと)が関係しているらしい。
原因の一つである電力会社が、現在起訴されている。
確か、サンディエゴにあるデュークとかいう電力会社だったと思うが(ちゃんと調べてから書けって!)、電力不足が起こってからずっと発電量を控えているというのだ。
会社は去年より発電量は増加している、と主張しているが、どうやら電力値上げを狙って、フル回転で発電していなかったらしい。
もちろん、裁判の結果が出てみないとどこまでが真実かはわからない。
(結果が出たってわからないことも多い。)
しかし、電力不足に関連して色々な事件が起こっている今日この頃である。

その割には全然深刻にならないのがカリフォルニア人でもある。
(2001.6.26)

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3.緊急事態発生時のアメリカのブロードキャスティング

2001年9月11日、アメリカ東海岸時間午前9時頃、テロリストによって乗っ取られた飛行機2機が世界貿易センターに激突した。
同じ頃、ペンタゴンに一機、そして、もう一機がピッツバーグで爆破した。
テロリストが仕掛けたアメリカに対する攻撃である。
改めて言うまでもなく、全然『日々是好日』ではない。
この事件に関して、現在の時点で判明していること、あるいは発表されていることは少なく、私が知っている情報など誰でもとうにご存知だろうから、これ以上色々書くつもりはない。
ただただ、犠牲者の方々に謹んで哀悼の意を表するのみである。

今更だが、私はLAの郊外に住んでいる。
同じアメリカとは言え、ニューヨークは遠い。
しかも、家は郊外にあり在宅勤務だから、LAダウンタウンから人々が避難してもLA空港が閉鎖になっても、直接は関係がない。
もちろん、これからは色々と弊害が出てくるだろうが、事件発生すぐは普段と変わりない生活だった。

いや、変わりはあった。
一日中、ラジオとテレビをつけっぱなしにしていた。
私は普段、昼間はテレビもラジオもつけない。
音楽を聴きながら仕事をすることもない。
が、運転中はラジオでニュースを聞くことにしているので、嫌でもテロリストによって乗っ取られた飛行機が、世界貿易センターに激突したニュースは耳に入ってくる。
全てのラジオ局・・・確認したわけではないが、おそらく全てのラジオ局がそのニュースを報道していた。
で、家に帰ってすぐにテレビをつけて、ついでにラジオもつけて、一日そのままだったわけだ。
こういうことは生まれて初めてだった。
(赤軍派の浅間山荘たてこもり事件の時は、珍しく家のテレビが1日中ついていたように思うが・・・余り覚えていない。)

テレビ局も全てレギュラー番組をキャンセルして、ニュースを報道していた。
・・・と思う。
我が家にはケーブルテレビはついてないので、ケーブルに関してはわからない。
MTVもESPN(スポーツチャンネル)もニュースをやっていたのかどうかは知らない。
でも多分やってたんじゃないだろうか?
事件当日だけでなく、昨日もそうだった。
今日は通常の番組を放映しているテレビ局もあるが、ほとんどはまだニュース特報をやっている。

何故、全てのテレビ局が同じニュースを報道しているのだろう?
繰り返し繰り返し、同じ画面が映される。
新しい情報はほとんど入ってこない。
という疑問を愚息がぼそっと口にした。
(ぼそっと、というところが遠慮が見えて良い。)

1.アメリカ人全員が関心を持っている事件だから。(あるいは、関心のないヤツは、関心を持て!という意味を込めて)
2.新たな情報が入ってきた時、すぐに報道できるようにしておくため。
3.誤った噂や情報が流れ出すのを防ぐため。
と、答えておいた。
他に答えを思いつく人がいたら、教えて欲しい。

愚息の学校でも1日中その話題だったそうだ。
通常の授業はキャンセルされ、各教科の教師達がそれぞれに独自のやり方で、事件について話し合ったそうだ。
例えば・・・
文学のクラスでは、「犠牲者に対する哀悼の文を書け」
歴史のクラスでは、事件についてわかっている情報を教師が説明し、それに対するディスカッションが行われたそうだ。。
他に、テロ行為について、宗教について、ハイジャックについて、と一日中テレビを見ていた私より愚息の方が事件に関する情報量が多かった。
(これってちょっと情けない)
授業中に泣き出してしまう子も数人いたそうだ。
そこまで突っ込んで話し合いをしてくれた各教師にはとても感謝している。
(反対意見もあるだろうが))

子供の頃、三島由紀夫の切腹事件があった。
教師は授業は放っぽり出して職員室のテレビに釘付けになっていた。
三島由紀夫の切腹事件と今回のテロ行為を一緒にしてはいけないのかもしれないが、切腹事件に対する説明やディスカッションが教師によってなされた記憶はない。
説明がなければ、子供達にとって大事件はただのお祭り騒ぎで終わってしまうのではないだろうか?
そいうのは子供に対して失礼だ・・・と私は思う。
今の日本の学校はどうなのかな?

以下は私の個人的なメモ。

○普段、ダンナと愚息は朝それぞれがお気に入りのラジオ番組を聞いている。
どちらもアホな番組である。
が、11日から今朝まで、そのアホな番組のアナウンサーも真面目に事件の話をしていた。
(ダンナも愚息も真面目に聞いていた。)
○テレビ番組のスポンサーは、全てのCMを辞退したそうだ。
という訳で、ニュースには一切CMは流れなかった。
確かにニュースの途中でふざけたCMが流れると、企業のイメージは下がるだろう。(なんて、意地悪な発想)
○イスラム教の教会には脅しや嫌がらせのメールや電話が殺到しているという。
一体誰がそんな馬鹿なことをするのだろう?
こういう時にそういうことをする人の気持ちは理解できない。
ニュースでは、繰り返し個人や特定の人種、宗教を攻撃することは止めるように、と言っている。
そういうことを一々教えてあげなければならないのも情けない。
それに、テロ行為成功を祝っている人達のビデオをあんなに繰り返し放映した後でそう言われてもなぁ。
しかし、あの歓喜していた人達は、自分が何をしているのか自覚があったのだろうか?
自覚があった上でのお祝いだったのだろうか?
○11機乗っ取られた飛行機の4機は爆破した。
4機は行方不明だという。
じゃ、残りの3機はどうなったんだろう?
○軍は戦争の準備を着々と進めているそうだ。
いつでも飛び立てる体制が整っているという。
でも、何処に飛び立つんだ?
○ガソリンが不足するだろうと踏んで、ガソリン代を3倍以上に値上げしたスタンドがあったという。
顰蹙を買う前に(手遅れだと思うが)自分から「お詫び」の掲示をし、差額を客に返したそうだ。
レシートを持っていなかった人達、「お詫び」を見なかった人達はどうなるのかな?
まだまだ続くのだが、もう少し詳しい情報が入ってから続きは書きたい。
(注:この文章全体も書き換える可能性があります。)

世界貿易センターのツインタワーは崩壊した。
8年生の修学旅行では、ツインタワーに入っていたホリディ・インに泊まる予定だった愚息は、授業中「僕達は一体どこに泊まるんだ?!」と言おうとして思いとどまった、と言っていた。
その位の分別はあるらしい・・・ちょっと安心。

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4.攻撃は最大の防御

DOTMANは剣道をやっている。
5歳の時に始めたから、もう随分長いことやっていると思うのだが、腹立ちを通り越しておかしくなるくらい上達しない。
(何故腹が立つのか・・・10年近く週2回、夜7時から11時まで道場に連れていっているのが私だからだ!)
ま、それは本人の問題だから、どうでも良いとして・・・
何しろ気が弱いもので、試合となると自分から打って出ることができない。
ひたすら防御態勢に入る。
打たれたところで死ぬわけじゃなし、それどころか怪我をすることさえ滅多にないのだから『どんどん打っていけ!』とつい言ってしまう。
『攻撃は最大の防御だ!』と(人事だと思って)ガンガン文句を言う。
(最近、「じゃ、自分でやれば?」と言われると返事ができないので、言うのを止めた・・・自分で出来るならとっくにやっている。)
しかし、しかしである。
私は本気で『攻撃は最大の防御』だと思っている。
いつ敵が襲っているかビクビクしているよりも、敵を見定めたら自分から攻撃を仕掛ける。
その方が効果的ではないだろうか?
(気合も入ることだし)
ただし、これは個人レベルの問題である。

さて、中東で戦争が始まった・・・らしい。
戦争をしている国に住んでいながら「らしい」は無いもんだが、今一情報が入ってこないのだ。
新聞やテレビを見ても、肝心なところがはぐらかされているようで心もとない。
ブッシュ大統領は「我々の味方になるか、敵になるかのどちらかを選べ。中立は認めない」とおっしゃっていた。
これも誰に向かって言ってるのだろう?と疑問に思ったのは私だけ?
もしこれが世界に向けて発せられたメッセージなら、世界の隅のほうで細々と暮らしている国の人達にとっては迷惑な話だ。
そういうことを言う権利がアメリカにあるのかな?

私はテロリズムというのが理解できない。
テロ行為で世の中が変わるとは思わない。
過去、変わった例もないと思う。
(残念ながら、戦争やクーデターで変わった世の中はたくさんある。)
他人に迷惑をかけることで自己満足しているとしか思えない。
(同様『聖戦』とやらも認めない・・・というより嫌いだ!)
アメリカ内外で「戦争反対。話せばわかる。」という声が上がっているようだが、テロリストを相手に話しても理解し合えるとは思えない。
少なくとも、私は理解できない。
彼らをほっておくと、今度はどこで誰が殺されるかわかったものではないので、彼らには速やかにこの世、私が住む地球上から去っていただきたい、と心から願っている。
人間の権利や義務の話をしているのではない。
単に、「次は私の番かもしれない」という恐怖を取り除きたいだけである。
自己中心的だと思う。
しかし、私を含め、私が大切に思っている人達の命が脅かされている世の中で生きるのは嫌だ!
という訳で、『テロリスト撲滅運動』は大賛成である。

9月11日のテロ事件のため、アメリカの経済は混乱している。
家や職を失った人達がたくさんいる。
しかし、経済は破綻しても立ち直ると思う。
家や職を失った人達も、生きてさえいれば、生活を立て直すことができると思う。
(もちろん、被害に遭わなかった人達が率先して建て直しに参加するべきだと思う。)
立ち直ることができないのは、亡くなった人達である。
亡くなった人達の家族、友人は一体どんな気持ちであろう。
彼らが「ウサマ・ビンラディンとその一派を殺してしまえ!ビンラディンを支持するタリバンを潰してしまえ!」と思う気持ちは良くわかる。
私だって、家族が殺されれば同じ気持ちになるだろう。
無謀にも自ら乗り込みたいと思うかもしれない。
ぼやぼや待ってる場合ではない!
仕掛けてきたのはあっちだ。
今度はこっちから仕返す番だ!
敵だって民間人を大量殺人したのだ。
アメリカ国民を、あるいは、ビンラディンが憎む自由主義国(日本も入ってると思う)に住む民間人を守るためなら、多少の犠牲を払ってでもやっつけなければならない!

・・・もしかして、こういう理由で戦争が始まったのだろうか?
そうだったら嫌だな。

もう一度繰り返す。
私は『攻撃は最大の防御である』と信じている。
そして、それを承知の上で、あえて言おう。
私は戦争に反対だ!
アメリカはアフガニスタンに兵を送り込むべきだと思わない。
甘ちょろい意見だと言われようと、武力で世の中を変えようというやり方は、少なくとも自由主義国はもう卒業したのではなかったのだろうか?

私は、世界に散らばっているアメリカの軍人さん達に、アメリカに戻ってきて欲しい。
アメリカに戻ってきて、アメリカの国民を守って欲しい。
(私はアメリカ国民じゃないけど)
軍隊とは、国民を守るために存在するのでは?
それは建前で、いつの世も、よその国を攻撃するために軍隊は存在するのだろうか?
それとも、世界中の国々が自由民主主義にならない限り、アメリカを守ることにはならないのだろうか?
(そりゃ自惚れっつぅもんだ・・・そもそも民主主義が正しくて他は間違っているというのは、イスラム原理教だけが正しいと信じているのを同じレベルだ。)

今回の事件を語るとき、パールハーバーが良く引き合いに出される。
日本政府がパールハーバーを攻撃したから、アメリカ政府は長崎と広島に攻撃を仕返した・・・原爆を使って。
おかげで戦争が早く終結した・・・などというヤツは糞くらえ!だ。
戦争と喧嘩は違うと信じたい。
軍人であろうと民間人であろうと、死んでも良い人なんていないと思う。
死んで欲しくないと思う。

『人間は、命よりも尊いものがあるという理由で戦争を始める。
そして、命より尊いものはないという理由で戦争を終えようとする。』
-『銀河英雄伝説』より(うろ覚えだが、意味はあってると思う)

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5.どこでもない場所

日本にいる人に「アメリカのどこに住んでいるのですか?」とよく聞かれる。
「LA郊外です。」と答えることにしている。
何故「LAです。」と言わないのか?
これには深~い事情がある。
(どこが深いんじゃ!)

例えば・・・
私は福岡出身である。
「田舎はどちらですか?」と聞かれると、「福岡です。」と答える。
聞いた相手が福岡県以外の人ならば「福岡県か、九州の北の方だな。」と考えてくれる、と思う。
相手が福岡県の人ならば、「え~!そうなの!私、北九州。」とかなんとか言う。
つまり、彼/彼女は「福岡」と聞いて「福岡市」を想像したのである。
で、相手が福岡市の人ならば、「わぁ~偶然。何区?」と聞いてくる。
つまり、彼/彼女にとって「福岡」とは「福岡市」のことなのである。
日本においてさえ、「福岡」と言われた時に頭の中に思い浮かべるのは人によって違うのである。
ましていわんやアメリカ!

「アメリカに住んでいます。」と言って、「はい、そうですか。」と言ってくれる人は問題ない。
が、アメリカは広いことはほとんどの人は知っているので「アメリカのどこですか?」とくる。
「カリフォルニアです。」
「カリフォルニアのどこ?」
さて、ここからが問題なのである。

アメリカは正確には「アメリカ合衆国」である。
「合州国」ではない。
「United States of America」である。
つまりStates(国)がUnited(合衆)しているのである。
日本語でStateのことを州と訳すが、アメリカ人の感覚ではStateとは国である。
それぞれが国であるから、当然それぞれの法律というものがある。
カリフォルニア州でやっちゃいけないことでも、ネバダ州ではやって良いのだ。(例えばギャンブル)
刑法だって違うのだ。
死刑を認めている州もあれば、認めていない州もある。
(だから、「アメリカではこの法律どうなってるの?」なんて聞かないで欲しい。
「○○州ではどうなってるの?」という質問にしかお答えできない。)
それぞれの政府もある。
税金も州に納める。
それぞれが独立した国なのである。

で、その上に連邦政府というのがあるので、そこにも税金は納める。
別払いである。(二重に取られている気がしてしょ~がない。)
確定申告だって連邦と州と別々にやらなければならないのだ。(あ、もうそんな時期?)

話を戻そう。
私が住んでいるのはカリフォルニア州である。
カリフォルニア州の広さは日本とほぼ同じだ。
(縦長のところも似ている・・・って、関係ないけど。)
で、そのカリフォルニア州の中にCountyというのがある。
これは郡と訳してあるけれど、日本の県に当たると思っていただきたい。
私が住んでいるのはLA County(LA郡)である。
で、そのCountyの中にCity(市)がある。
これは日本の市の感覚と同じだと思う。

日本人はLAと聞くと漠然とロスアンジェルス市を思い浮かべるのではないだろうか?
が、私が住んでいるのはそのロスアンジェルス市ではない。
じゃ、どこだ!と言われても困るのである。

LA Countyの中には市がたくさんある。
日本の県の中にも市がたくさんあるのと同じだ。
(だからCountyを郡と訳すとややこしくなると思うんだけどなぁ・・・ブツブツ)
私の家がある所の西隣はHacienda Hts. という市である。
東はDaiamond Bar という市である。
北はCity of Industryという市である。
南はOrenge County(オレンジ郡)になってしまう。
(余談だが、ディズニーランドもナッツベリーファームもこのオレンジ郡にある。LAではない。)
が、私の家はそのどの市にも所属していないのだ!
「○○市ですよ。」と言うことができればLAに詳しい人でも納得してもらえるのだが、どこの市にも所属してないとなると説明の仕様が無いではないか!
私は最小単位のCityに入れてもらえない場所に住んでいるのである。
が、LA郡には所属している。
だから「LA郊外」としか言いようがないのである。
(こっちに住んでいる人に言ったって知らないような場所なのだ。)

日本人に限らず、この辺から遠い所住んでいる人にとっては「LA」と言われて思い浮かべるのはLAカウンティとオレンジ・カウンティを含めた場所のことではないだろうか?
しかし、こういう会話はそれほど深く突っ込むほどのものではない。
大体あの辺ね、ということがわかれば良いのではないだろうか?

例えば・・・
ラスベガスへ行ったとする。
「どこから来たの?」と聞かれると、「カリフォルニア」と答える。
聞いた相手がカリフォルニア州以外の人ならば、「ああ、西海岸ね。」と考えてくれる、と思う。
「カリフォルニア」と言うと「LA?」とよく言われる。
そういう時は「うん」と答えることにしている。
ロスアンジェルス市ではないが、ロスアンジェルス郡ではあるのだから、嘘にはならないだろう。

アメリカ人に出身地を聞かれて「日本」と言うと「東京?」とよく聞かれる。
「違う、福岡」と答えると福岡の説明をしなければならないので、「うん」と答えることが良くある。
これは完全に嘘だな。

「どこに住んでいるの?」
「南カリフォルニア」
たいていの場合、これで会話は終了するのである。

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6.冬の南カリフォルニア

南カリフォルニアは季節がない・・・なんてことはもちろんない!
ちゃんと四季はある。
が、1年のほとんどは夏と春である。
で、日頃は天気のことなど待ったく考えないで過ごしている。
が、冬(一応12月から2月まで)の間は天候に気づく日が多い。
という訳で、12月から2月までの日記から天候に関するものを集めてみた。
って5日分しかないけど・・・

2001年12月05日(水) 寒い!

急に寒くなった。
カリフォルニアに冬はない!などと自慢気に話した罰があたったに違いない。
(嘘です。ちゃんと冬は来ます。)
気温が20度近くに下がった。
とてもTシャツ1枚で出かける気にはなれない。
スウェットシャツ(トレーナーって言うんだっけ?)を着てしまった。
しかも、ソックスまで履いてしまった。
(綿の普通のソックスである・・・日頃は裸足で生活している私)

愚息を学校へ送って行く途中にあるイチョウ並木(というほど並んじゃいないが)が急に真っ黄っ黄になってとても眩しい。
が、中には
「わしはカリフォルニアにいるんじゃ!
カリフォルニアの木は常緑樹じゃ!」
と頑張って緑のままのが混ざっている。
イチョウも徐々に環境に順応しているようである。

昨夜、余りの寒さに夜中に目が覚めた。
そろそろ掛け布団出した方が良いかなぁ。

2001年12月06日(木) 寒いのは歳のせい?

今日も寒い。
なのに、愚息を迎えに行く途中、タンクトップで元気にはしゃいでいるおね~さんを見かけた。
ショートパンツに上半身裸で自転車に乗っていたお兄さんもいた。
う~ん、若者は寒くないのかなぁ?

愚息はもちろんTシャツ一枚で飛び回っているが、あれは太っているから寒くないのであろう。

それにしても、季節感のない街である。

2001年12月14日(金) お日様ぽかぽか良い天気

寒い日が続くので、今年初めてスエットシャツの下に長袖のシャツを着て出かけた。
今までは下は普通のTシャツであった。

お日様ぽかぽかよい天気。
・・・めちゃくちゃ暑かった!
そんなもんだよなぁ。

2001年12月22日(土) 雨が降った

雨が降っている。
愚息を学校へ送りに行く途中、2ヶ所も信号が壊れていた。
ただでさえ寝坊して(私が)出発が遅れているのに、渋滞は困る。

南カリフォルニアは雨が降るとあちこちで信号が壊れる。
防水機能がついていないのであろう。
従って、雨が降るとあちこちで渋滞が起きる。

嘘です。
雨と信号が壊れるのは関係がありません。
単によく信号が壊れるだけである。

2002年01月29日(火) 警告:雨が降ると洪水になります

というのは誤訳ではあるのだが・・・

雨が降ると毎日通る道路の歩道に『雨が降ると道が水浸しになります。』という看板が並ぶ。
この道路、片道3車線なのであるが、ちょっと雨が降ると一番端の車線は確かに水浸しになって通れなくなる。
排水設備がしっかりしていないのである。
そもそも、道路を作る時に雨が降ることなど考えてないのである。
そういう場所なのだ。

ま、それはそれで良い。
問題は、(実は全然問題じゃないのだが)あの看板である。
3mごとくらいにずらーっと並ぶ。
雨が止むと何時もまにか片付いている。
あれ、一体誰が出してるんだろう?
並べたり片付けたりしている場面に出くわしたことがない。
なんとな~くではあるが・・・見たい!

※通常は2月3月が雨期である南カリフォルニアだが、今年(2002年)はほとんど雨が降らないまま4月になってしまった。
夏の水不足が恐い気がする。

※信号は・・・やはり古くなっていたのであろう。
その後いたるところで信号の付け替えが始まった。
新しい信号がやたら眩しい今日この頃である。

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